「鼻髭」のこと

7月 23rd, 2014

二か月位前の事ですが、夏物と冬物の衣類や寝具の入れ換えをやって居た時に、羽毛布団をケースに収納して、押入れの一番高い「袋戸棚」の中に仕舞いこむ為に、椅子を持ってきてその上に乗り、傍に置いて居た布団ケースを右手に持って、体を左回転させながら押入れの方へ顔を向けた時でした。鈍い音と共に、突然鼻の下の上顎に鋭い痛みを感じたのです。正に「目から火が出る」とはこの事でした。年が年ですので、「高い所に登った時に転んではいけない」と、その事ばかり気を付けて作業をやって居たのです。幸いに椅子から転び落ちる事は有りませんでしたが、「伏兵が居たのです」。振り向いた拍子に、袋戸棚の敷居の角に、思いっきり鼻の下の上顎をぶっつけてしまったのです。その痛さたるや、長い事穏やかに暮らしている老人にしては想像も出来ないほどの痛みでした。「鼻の下の上唇」が「敷居の固い木」と「口の中の固い前歯」とに挟まれて、押しつぶされる様な恰好でぶっつけてしまったのです。瞬間、私は、「前歯が折れたかな」と感じた位でした。が、歯は大丈夫でした。href=”http://blog.katashi.net/up/6a8456a7988f759173bcf44e1540ff61.jpg”>SANYO DIGITAL CAMERA

SANYO DIGITAL CAMERAしばらくその場に蹲って、強い痛みが通り過ぎるのを待ちました。時間と共に痛みは少しずつ消えていきましたが、今度は「ぶっつけた上唇」が急に膨らんできた様に思われたので、急いで洗面所へ行って鏡を見たところ、鼻の下の上唇に「内出血」のあとが出現してきたのです。指で触って見ると、上唇全体が腫れ上がって痛みが有り、それ以上さわれない様な状態でした。気がついて見ると「上唇が腫れ上がっては居るけど、直接触れない限り、痛みを感じない」事が解ったのです。丁度その頃は、外出する用事も無く人に見られる機会もない時でしたので、その日以後の髭そりは「鼻の下を」省いてやるようにしたのです。こうして十日位過ぎて、外出する用事が有って、そのままの格好で人前に出たのですが、特に鼻髭の事を話題にする人も有りませんでした。更に十日位して、趣味の会の仲間の所へ行った時、初めて「如何したの」と尋ねられました。事情を話して「腫れが無くなり、痛みが取れたら剃り落とす心算です」と応対して置きました。事実その心算で、腫れや痛みが無くなるのを待って居たのです。ぶっつけてから一ヶ月半位過ぎた頃でした。上唇の腫れも痛みも内出血の跡も無くなったので、「明日の朝剃り落とそう」と決心して、翌朝洗面所へ行き、髭剃りを持ってシェービングクリームを付けてやおら、伸びた鼻髭を剃り落とそうとした時です。それまで、私自身で全く予期しない事が起きたのです。鏡に映った鼻髭を見ている内に、「今これをそり落とすのは何だか可哀想だ」「折角此処まで伸びてきたのに」と言う様な「鼻髭に対する思いやりの気持??」が芽生えてきたのです。この事は全く予期して居ませんでした。丁度「自分で飼って居るペットを虐める様な心境が出現した」のです。「せっかく伸びているのに・・・可哀想だ・・・」って言う心境です。以来今日まで剃り落とさずに過ごしてきました。この鼻髭を見た人の中には「似合ってるよ」と、言ってくれる人、「変な感じ」等と言ってくれる人、色々ですが、私は、自分の気持ちの中で、
「剃り落そうとする時に、前記の様な後ろめたい気持ちが有るうちはこのままにして置こう」と思って居ります。今年「喜寿を迎える」わが身にとって、せめて、これ位の我儘は許されるのでは、と、ひそかに思いつつ・・・。

スクランブルのこと

7月 10th, 2014

先日テレビのニュースを見て居て気になった事が有ります。それは見出しにも書きました「スクランブル」の事です。ニュースでは「南方海上の我が国の支配区域」付近で他所の国の飛行機が「支配区域すれすれに飛行して居たので、警告する意味で我が国の自衛隊機が警戒するためにスクランブルをした、が、今度は北方海域で他所の国の飛行機が接近してきたのでスクランブルをした、その回数は三桁の数字に該当する回数だ」と言う様な内容のニュースでした。この二つの国は、地図上のヨーロッパからアジアにまたがる広大な領土を有する国で、政治的にも、経済的にも豊富な人口と地下資源を背景に、ここ数年来、世界的にその存在感を増してきた国であります。その両国が、我が国の北と南に有るチッポケナ島を、夫々自分の国の領土だと主張して、この様な行為に出ているのだと思われます。間に挟まれた日本は、今後一体どうなるんでしょうか。別の日のテレビニュースで、日本とは仲の良い国の「◎◎の政治家の中には、○○○大統領の外交姿勢を弱腰外交を批判する勢力が有って、○○○は●●●に舐められ、□□に土下座して居る、ウクライナの次に危ないのは日本だ」等と、まことしやかに公言して居る人達が居るらしい」と言う様な内容だった様に記憶して居ります。スクランブルの件と◎◎の政治家の話を繋ぎ合せて考える時、日本は本当にこのままでいいのだろうかと考えさせられてしまいます。周りを海に囲まれて、陸続きの国同士の様な国境線を有して居ない我が国は、長い間、◎◎の核の傘に守られて、どちらかと言えば「経済発展に主眼を置いた方法で今日まで頑張ってきた」様に思います。最近の日本を取り巻く様々な情勢を考えて、もうそろそろ我が国も「自分の国は自分で守る」と言う、ごく当たり前の国家としての意思を内外に主張して行くべき時ではないかと考えるのです。テレビで自衛隊機のスクランブルのニュース見て、ふと考えた事を書いてみました。

「クマ・ダル・マー」のこと

5月 10th, 2014

投球フォーム3人野球シーズンが始まってから、テレビのBS1chでは、毎日のようにアメリカ大リーグ(MLB)の生中継が放送されます。時差の関係で深夜、早朝の放送が多い様です。去年はテキサスレンジャーズの上原投手の活躍が国中の注目を浴びました。ワールドシリーズで優勝投手になって、同僚に担ぎ挙げられながら、天に人差し指を突き上げて歓喜に浸る上原投手の姿が今も脳裏に焼き付いています。さて、今年は、眼の玉の飛び出る様な高額契約金で渡米した「マー君こと田中将大投手」、昨シーズンから三振の数を積み上げて地元ファンを熱狂させている「ダルことダルビッシュ・有投手」、人差し指のけがで出遅れたものの、きっちり調整して復帰してきた「クマこと岩熊投手」の三人が特に大きく取り上げられています。今日等は、マー君とダルの試合が時間が重なったみたいで、放送する側ででも大変だった様です。見る方も大変でした。幸いに二人とも勝利投手になったし、クマ投手も昨日の試合で八回まで一失点の好投を見せて復帰後二勝を挙げて勝利投手になりました。特に、今日のダル投手に至っては、九回二死まで〇封で来て、あと一人で「ノーヒット・ノーラン試合」を達成するところで、髭もじゃの大男・オルティーズにライト前にゴロを打たれて記録達成はなりませんでした。私は、クマ・ダル・マー三投手の夫々の個性がとても好きです。クマ投手は「投球フォームが流麗でカッコよく」、ダル投手は「見てる人に(何かやってくれるぞ)と思わせる雰囲気が有り」、マー投手は「一見向う見ずで荒っぽく見えるものの、実は自分の中で緻密に計算しながら投げて居る」、と思える点です。そこへ行くと、日本のプロ野球の迫力の無さにはがっかりします。「良い」と言われるピッチャーが登板すると、相手チームの打者は「打てなくて当たり前だ、点が取れなくて当たり前だ」と割り切って、何等工夫する姿勢も見せず(私にはその様に見えます)試合が終わるまで無気力に見える凡退を繰り返し、当たっていると言われる打者が出て来ると、相手チームのピッチャーは「打たれて当たり前、三振なんか取れっこない」と諦めて、これまた何等工夫して居る姿勢も感じられない(私にはその様に見えます)、と、言った様な試合が多い様に思われる。一口に言って「個性の有る選手が居なくなった、見せるプレーをする選手が居なくなった」せいだと思われるのです。プロの選手ですから、フィールドの中では「打つ方も、守る方も、投げる方も、走る方も、捕る方も、全て観客の目を意識してプレーして欲しい」という考えは極端かしら?プロ野球ファンの減少が叫ばれている今日、我が国のプロ野球界でも「もっと観客受けするヒーローを育てる方法を考えたら如何なんだろう。「全てを平等に」と言う戦後教育の継続が、プロ野球に限らず、すべてのスポーツ界に「平均した選手を育てる、個性の強い選手を排除する」様な雰囲気が充満しているのでは、と思うのです。クマ・ダル・マー三君の活躍を見て居て、「日米野球の面白さの違い」を痛感したひと時でした。日本球界にも「オルティーズやフィルダーの様な」(ダイエットなんて何処の話?俺の髭如何だ?!)と言わんばかりに、個性をむき出した(私にはその様に見えます)選手が育たないものでしょうか。日本の時代劇に出て来る「悪役の首領」の様な風貌を漂わせながら、それで居て、何処と無くユーモラスな雰囲気を持ってる選手って居ないものですかね~。