Archive for 1月, 2014

年賀状のこと

水曜日, 1月 15th, 2014

年賀状画像-web毎年の事ですが、今年も沢山の年賀状を頂きました。身内からのもの、親しくしている人からのもの、そんなに親しい間柄では無いけど、過去の経緯から年に一度の挨拶賀状の様な人からのもの、さまざまです。通信欄の構成も色々で、手書きあり、印刷有り、写真ありです。書かれている文字も、これまた色々です。毛筆、ボールペン文字、筆ペン文字、パソコン等の印刷文字、市販の印刷された文字、夫々に個性が有る様な、無い様な感じです。又、差出人の名前も、御自身の単名でくる人、御夫婦連名の人、中には差出人名を書き忘れている人、等等、これまたさまざまです。さて、この年賀状、毎年、年の瀬が迫ってくると、郵便局が「12月25日頃までに投函して貰えば元日に配達致します」と、広報を繰り広げます。これも年末の風物詩の様な風景です。私も、この広報に従って「毎年12月25日頃までに投函」して居ります。ですから、私の出した年賀状は、「必ず翌月の元旦」には相手方に届けられている筈です(確認した事は一度も有りませんが・・・)。年賀状が自宅へ配達される日もこれまたさまざまです。一番多いのはやはり元旦です。自分が出した相手の人の約九割近くの人が、元旦に届けてくれます。それからは急に届けられる枚数が減って来ます。そして1月の7乃至8日頃までで年賀状も終了です。この頃には、家々に飾られた「松飾や門松」等のお飾りも取り払われてしまいます。これ等の風景も例年通りです。ところで、私が数十年前から年賀状のやり取りをしている人の中に、「年賀状を12月に書くなんて馬鹿げた事はすべきではない、年賀状は必ず元旦か遅くとも3日までの内に書きあげて投函すべきものだ」と言ってそれを実行して居る人が有ります。その人は、毎年、元旦の清々しい空気の中で墨を摺り、新しくおろしたての筆を使って文字を書くんだそうです。素晴らしく見事で流麗な草書文字で、かの有名な「紫式部もこの様な人だったのでは?」と思わせる様な教養と風情の有る女性です。この人の年賀状に対する考え方を思う時、私は何時も、「元旦に届ける事を主眼にして投函すべきか、それとも、少々配達が遅れても、元旦に書いた年賀状を投函して相手に読んで貰うべきか」で迷いながらも、今までは「元旦配達」にこだわって投函を続けてきました。今後如何するかについてもまだ決めては居りませんが、さて、皆さんは「元旦配達派?それとも元旦書初め派?」生活のテンポが目まぐるしい昨今の世相を思う時、元旦配達派の方が理に適っている様にも思えるんですけど???整理を終わった今年の年賀状の束を見ながら、ふと考えた事を書いてみました。

詩吟動画のこと-2

火曜日, 1月 14th, 2014

高蔵寺教室の山崎さんの詩吟動画をもう一枚貼り付けました。吟題は「出郷の作」(佐野竹之助)です。声量の豊かな山崎さんの吟を聞いて下さい。

外郎売りのこと

火曜日, 1月 14th, 2014

珍しい「外郎売りの口上」吟を貼り付けました。演者は高蔵寺教室の山崎さんです。ここまで覚えるのに三カ月を要したそうです。途中に出てくる「早口言葉」も注目です。真剣な演者の表情にご注目下さい。

招待吟の動画のこと

水曜日, 1月 8th, 2014

数年前に、名古屋市内の詩吟の会に招待されて、吟じた時の姿を録画してもらいました。手持ちのカメラで撮影したので、画面が揺れる箇所が有りますが、声の方は普通に録音されているようです。吟題は「宮沢賢治のアメニモマケズ」です。画面中央の再生ボタンをクリックして下さい。

友達の詩吟動画のこと

水曜日, 1月 8th, 2014

詩吟を通じて交流が深まった「友達の詩吟動画」を貼り付けて見ました。素晴らしい声量の持ち主です。先が楽しみです。吟題は「城 山(西 道僊)」です。教室で練習中のところを録画しました。画面中央の再生ボタンをクリックして下さい。

詩吟のサウンドアニメのこと

水曜日, 1月 8th, 2014

詩吟に関係有る処を旅して撮影した写真と、詩吟のサウンドを組み合わせて「詩吟のアニメーション」を作りましたのでブログに張り付けて見ました。画面中央の再生ボタンをクリックして下さい。吟題は「九月十三夜陣中の作」で、戦国武将の上杉謙信が創った有名な漢詩(七言絶句)です。

日記帳のこと

月曜日, 1月 6th, 2014

毎年、年末から新年にかけて、新しく取り換えるものの一つに、「日記帳」(手帳を含む)が有りまnikkityou-2す。取り換えたばかりの頃は、紙の匂いもすがすがしく、書き込む文字も丁寧に、文章もよく考えながら書き込んで居りますが、日月が重なって行く内に、何時の間にか、文字も文章も粗雑になって行くのが例年の習慣の様です。そして一年が過ぎて、新しい年が近づいてくる頃には、日記帳の表紙も、中身の頁も大分クタビレタ様子になって、中に書いてある文字や文章に至っては、新年の頃の面影が影を顰めて、かなり、なおざりになっている部分が目立ちます。それでも、いつの間にか、この手帳が使い慣れて、愛着を感じるほどになっており、途中で止めもせず、何とか一年間通して書き続けて、又、新しい年を迎えているこの頃です。さて、この「日記帳(手帳も含む、以下同文)」、よく見ると、年末の12月31日で終りの筈なんですが、殆ど、何処のメーカーの商品でも「次の年の一週間位まで(翌年の1月7日頃まで)頁が創って有ります。最近の「日記手帳」には、「月間ブロックカレンダー」と言われる頁が有って、ここの部分に至っては、翌年の3月末日まで作って有るものが有ります。多分、忙しいビジネスマンや海外出張の多い商社マン達の様に、数か月先の予定を見ながら仕事をしている人達には、或いは、この様な「翌年度に食い込んだ頁」は必要かも知れませんが、殆どの人達にとっては、あまり意味が無いように思われるのです。それどころか、新しく買って来た日記帳にも、前年度の11月辺りからの頁を作って有るのが殆どです。今年使った日記帳を、仮に、11月一杯で止めて、翌年度の日記帳の12月から使い始めたとすると、「前年度の日記帳の12月分、1月分、2月分、3月分の頁が無駄になりますし、逆に今年の日記帳を1月7日からか4月からか使い始めたとしたら、翌年度の新しい手帳の一週間から三月までの頁が無駄になってしまう事になります。これが全国規模でこの様な現象が発生している訳ですから、その損失たるや想像も出来ない量になると思われます。紙の無駄使い、ここに極まれりってところでしょうか。毎年、何気なく買い換えては使い古している「日記帳」を見て、ふとそんな事を考えて見ました。皆さんは、毎年、日記帳のどの辺の日付で、次の年の日記帳に移動していますか???

 

大スターのこと

金曜日, 1月 3rd, 2014

スターキャットテレビの番組表を見て居て、ハッと目に止った箇所が有りました。日本映画専門チャンネルの午後6時30分から二時間の番組です。「待ち伏せ」と言う題名が書いて有り、続いて出演者の名前が、何と何と、「三船敏郎・石原裕次郎・勝新太郎・中村錦之助・浅丘ルリ子・有島一郎」という往年の大スター6名の名前が有ったのです。私は時間が来るのを待って、そのチャンネルにリモコンをセットしました。待ってる間、「日本映画専門チャンネルなので、現代劇なんだろうか、それとも時代劇なんだろうか?」等と思いながら、胸躍らせて(現代劇だったら三船や錦之助はどんな姿で出て来るのか、どんな役なのか、勝新は?裕ちゃんは?)とあれこれ思いを巡らせて居りました。が、始まって見たら時代劇で、三船敏郎が、お得意の「用心棒スタイル」で両手を懐の中に入れて肩をゆすりながら歩いておりました。物語は「勝新太郎扮する悪の一味が、信州の三州峠という峠道で、地方の大名が幕府に献上する御用金を、峠道で襲って奪おうとする」内容でした。石原裕次郎が「伊那谷の弥太郎」という浪人やくざ役、浅丘ルリ子が暴力亭主から逃れるために家を飛び出した人妻役、勝新太郎が「峠の宿屋に逗留している玄哲という得体の知れない医者」の役、有島一郎が峠の宿屋の主人役、中村錦之助が手配の悪人を捕まえて帰る途中の田舎の役人役、それに、三船敏郎の用心棒役、と言った配役で、夫々の事情が有って、この六名が「峠の宿屋」に一緒に逗留する内に、御用金に絡んだ事件が発生する訳です。どうやら、三船敏郎が、「用心棒」のドラマの制作にあたって、ほかの5名に出演を依頼したのだろうと思われました。それにしても、これだけの豪華メンバーでどんなドラマが生まれるのか、かなり期待して見たのですが、予想に反して、ドラマは、平凡な二時間ドラマで終りました。テレビドラマに限らず、映画にしても、このように一流スターを使って創られるものは、じっくりと時間と暇をかけて創っていかないと、プロデューサーや監督が、出演者に配慮し過ぎに陥って、時間内で夫々の俳優さんの良い所を出せず仕舞いに終り、全体が総花的に薄っぺらな内容になって仕舞うのではないでしょうか。せっかく大スター6名が一堂に会したんですから、モット中身の濃い、深みの有るドラマを作って欲しかったと思ったのです。これだけの大スターが揃ったんですから、アカデミー賞の各部門の賞を、総なめにする位の映画が出来ても良かったのではないだろうか、と、思ったのです。尤も、製作者の方で、ドラマの内容よりも「スターの顔見せ的な狙い」で創られたとしたら、その目的は十分に達成されたのではないでしょうか。私は、久し振りに観た六大スターの懐かしい姿に、ただただ、感激しながら画面に釘付け状態で観て居りましたから・・・。六名の内五名のスターは既に「他界された人達」でしたね。普通のサラリーマンが、束になってかかっても、足元にも及ばない様な稼ぎをしていた、往年の大スター六名が共演したテレビの時代劇を見て、「惜しいなあ~もっとどうにか為らなかったのかな?」と思いながら書いてみました。