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「MLB」のこと

土曜日, 9月 23rd, 2017

私はテレビのBS放送で「MLB関連の放送を見る」のが好きです。実況中継(録画も含む)を見るのは朝の7時頃から大体午前中一杯位迄。時には午前2時頃から入る中継もありますし、お昼を過ぎて、午後の2時頃迄放送するときも有ります。日本とアメリカの時差のせいでこんなことが有るんですね。特にお目当てのチームや選手がいる訳でもなく、強いて言えば、日本から渡っていった選手が出場する試合は見てる機会が多いようです。好んで見る様になってから10年位は過ぎていると思います。夜は、やはりBS放送のいチャンネルで、その日のハイライトを解説付きで放送してくれます。
何故好きになったかな分かりませんが、多分、テレビの画面から伝わってくる「とてつもない迫力感」が好きなんんだと思います。身長が2メートルを超えるような大男が、のびのびと、躍動する姿がたまらなく素敵に見えるのです。最近では、頭髪や、顎髭、鼻髭等を伸ばし放題に伸ばしてプレーする選手が増えてきました。体格が大きく、髭を伸ばしているせいか、殆どの選手が私より年上に思えてくる時があります。中継の中で時々クローズアップされる監督の姿も、スタイリッシュでかっこ良く見えます。
チームの数が日本のプロ野球に比べて十倍以上あって、いろいろな地区毎に別れていて、先ず、その地区で優勝を争い、勝ち上がったチームがワールドシリーズに出て全米の覇者になるのです。そこまで行くのに、途中、ワイルドカードとか、クライマックスシリーズとか、舌を噛みそうな試合があって、最終的に全米一を決める訳です。ワールドシリーズの試合に、日本人選手が入っていて活躍したりすると、日本でも大騒ぎになります。
色々な試合を見ていて感じるのは、どの試合の、どの選手を見ても、一生懸命にプレーしているな、と思えるのです。超満員のスタンドでも、パラパラのスタンド時でも、雨の中の試合であっても、みんな真剣にプレーしているのが伝わってきます。ほとんどの選手が、ガムを噛みながらプレーをしていますが、ふざけた様なそぶりは見えません。監督も同じです。
特に好きなのが、ホームランを打った時の選手の残身の姿です。リプレーで、何度も映してくれます。夫々個性があって、同じ姿ではありませんが、一人一人、特徴があって、とても素敵に見えます。
チーム名や選手の名前は、数えるほどしか知りませんが、そんな事はどうでも良いんです。試合も大詰めになって、これから優勝が決まり始める後半戦に突入します。各部門の首位を目指して、選手個人もなお一層努力して素晴らしいプレーを見せてくれることでしょう。

久し振りに興奮した、こと

日曜日, 6月 25th, 2017

入院手術と言う、私にとっては大変な時期を乗り越えて、久し振りに、ブログ投稿の為に、PCに対峙しております。何に興奮したか?と言いますと、「今朝のテレビ・BS1CH:MLBの放送」です。生憎の雨で、試合開始が一時間以上遅れたんですが、試合の経過は、そんなものを吹き飛ばす位の緊迫感に支配されていました。「ニューヨークヤンキース対テキサスレンジャーズ」の試合中継です。何時もの単なる試合ではありません。日本から、遥々海を渡って彼の地で奮闘している「ダルビッシュ有投手と田中将大投手の投げ合い」です。メジャー初対決の試合です。テレビの予報で、前々からこの日を期待して待っていた訳ですが、いざふたを開けてみていると、両投手の気合の籠った投球姿に、思わず見とれてしまいました。試合結果は、同点延長の末に、ヤンキースが勝ちましたが、私としては、最後まで0たい0の引き分けで終わって欲しかった試合でした。両投手とも、完投こそ逃しましたが、「ダルブッシュが7回で88球、失点ゼロ、奪三振8:田中が8回100球、失点ゼロ、奪三振9」と言う堂々たる結果で、試合後のインタビューでも、お互いに相手をたたえる言葉を話して、正にこれぞプロだ、と感心したひと時でした。両投手とも、肩とか肘に故障を抱えての登板だったようですが、そんなものを微塵も感じさせない素晴らしい投球内容でした。両チームの名だたる強打者が、両投手のストレートや変化球にきりきり舞いして三振するところや、随所で見られた両チームのファインプレーに、時がたつのを忘れてしまいました。見終わって、久し振りに、「ON時代の日本のプロ野球を興奮しながら見ていたころを思い出して」良いものを見させてもらったという満足感に浸る事が出来ました。ダルビッシュ投手と田中投手の気迫の籠った投球に酔いしれながら、何時もより、ビールの空き缶が多かったのに気づいた私でした。両投手の今後の更なるご健闘を期待しながら・・・。

「売上ナンバーワン」のこと

日曜日, 11月 20th, 2016

民間放送のテレビ番組を見ていると、色々な商品のコマーシャルが、手を変え、品を変え、これでもか、これでもか、と、視聴者に迫ってきます。時間帯によって、多少の違いは有るものの、よく目にするのが、「女性化粧品」「健康補助食品」「自動車」等のコマーシャルがトップクラスにランクされるほどではないでしょうか?。これ等のコマーシャルの中でも、特に目立つのが、「健康補助食品」のコマーシャルだと思います。中高年以上の、モデルとも、タレントとも、女優さんとも、一般の素人のおばさんとも見分けがつかないような、美人で、魅力的で、可愛い女性達が、沢山出て参ります。そして、視聴者に向かって、「この商品を飲んでいてこんなに元気になったわよ」とか、「この商品を使って、ほら、こんなにスリムになったわよ」等と、話しかけてきます。本当の様な、噓のような、聞いている私としては、どこまで信用していいか分かりません。これに加えて、今度は、商品を発売した業者から、「発売後、00万個売れました」「00億個売れました」「売上ナンバーワンのこの商品をぜひ買って下さい」「放送終了後30分以内に電話で申し込んでもらえば通常価額より00%安く致します」「オペレーターを増やしてお待ちしております」 などの言葉が続いて聞こえてきます。優しく話しかけるものもあれば、絶叫型の大声で叫ぶ内容のものもあり、とても賑やかです。これ等を聞いていて、私は以前に、疑問に思ったことが有ります。それは、見出しに書いた「売上ナンバーワン」という言葉です。ナバーワンというからには、ほかの何処かの商品と比較して、優劣を争った結果を踏まえて表明しているんだろうな、だとしたら、この商品は、他のどの商品と比較してナンバーワンと声高に発表しているんだろう?という疑問でした。若し、比較もしないで、勝手に「売上ナンバーワン」等と発表したら、ほかの業者が黙っていないだろ、と言う疑問でした。数年来、私は、この疑問に取りつかれて、今に業者同士で争いが起きて、裁判沙汰でも起きるのでは?と、思ったりしたこともありました。こんな私の危惧を他所に、テレビでは相変わらず、同じ様なコマーシャルが放送されていました。何度か見ているうちに、私は、或る事に気付いたのです。それは、「或る業者が、長年の研究の結果作り出した一つの商品を、満を持して売り出すと、その商品と全く同じものは、他の誰も作れないわけです。売りに出された商品は、この世に一つしか存在しない商品である」と、いう事です。従って、この商品が、たった一個しか売れなくても、数千万個売れたとしても、どちらも「売上ナンバーワン」という事になる訳です。だから、他の業者からは、絶対に文句やクレームは付けられる心配はない訳です。この事に気付いてからは、この世に無数に有るコマーシャルを、気楽な気持ちで見れるようになりました。「ああ、またやってるわ」って感じです。嗚呼、あの叔母さんは、他の商品のコマーシャルにも出てるな、忙しい人だな等と思いながら、今日もテレビに夢中の私でした。

「リハビリ」のこと

土曜日, 11月 19th, 2016

私は、今年一月に「頚椎症性脊髄症」という、初めて耳にする病気で、入院、手術を受けました。何故、手術を受けたのか、と申しますと、7年位前から、左足に違和感を感じるようになり、それが、徐々にひどくなって、びっこを引くようになり、杖無しでは歩けなくなって、以前からの運動不足も重なり、とうとう車椅子でしか動けなくなり、病院の診断を受ける羽目になって、前記の病名が判明して、入院、手術、という経過を辿ったのです。
幸いにして、手術は成功して、びっこは、治ったのですが、今度は、左の腕が全然動かせなくなり、両手両足に痺れが発症して、その為のリハビリが必要になってきたのです。私は、今回の入院で、リハビリに、三種類のリハビリが有る、という事を、初めて知らされました。初めのリハビリは、「術後のリハビリ」という事で、手術の後、寝たきりの状態から、起き上がって、ある程度動き回れるようになるまで、徐々に体力と筋肉を付けていく為のリハビリ、で、大体1乃至2か月位が目途のようです。それを過ぎると、今度は、「回復期リハビリ」と言って、ある程度回復した体に、通常の生活に戻っても支障のない様な、体力や筋力を付けるためのリハビリが有り、このリハビリを受ける為には、それ専門の病院に行ってリハビリ治療を受けなければなりません。三つ目のリハビリは、寝たきりの人たちに、寝た状態で体を動かすリハビリをやってもらう、という方法だそうです。今迄、こういう事には殆ど無関心で過ごして来た私は、今回の入院で、初めて、この様な経緯を知らされたのです。そして私は、現在、回復期リハビリの真っ最中です。1月にK病院で入院手術を受け、約1.5ヵ月の「術以後リハビリ」を受け、2月から、「回復期リハビリ」を受ける為にS病院に転院して、5月一杯まで入院加療を受けながら、回復期リハビリを受けてきました。6月1日に退院して、6月2日からは、同じS病院で新しく開設された「デイケアーセンター」に、週二回の割合で通いながら、リハビリを受けております。ですから、私は、開設されたばかりのデイケアーセンターの、第一期生の患者?という事になります。此処には、Mさんという作業療法士さんと、Kさんという、理学療法士さんの二人がいて、親切に指導して頂いております。Mさんは、丸顔で、目がぱっちりとして、女優の、観月ありさ似で、Kさんは、色白で、笑顔の素敵な、女優の原千晶似の、二人とも、とても魅力的で、可愛くて、陰、日向無く、真面目に指導して頂きます。お二人は、以前は、S病院の整形外科の療法士さんで、デイケアーセンターの新規開設にあたり、大勢の療法士さんの中から、特に抜擢されてデイケアーセンターへ来られたと聞いております。連日の二人のご奮闘ぶりからも、「この二人ならさも有りなん」と、感じ入ってる今日この頃です。私一人だった患者さんも、開設から、5か月経った現在では、20名近くに増え、療法士さんも、四人に増えております。手術後、全く上がらなかった私の左腕も、可成り回復して、将来に希望を抱きながら、リハビリに励んでおります。デイケア連絡帳に、日常生活の中で、自分の体の動き等で、特に気付いた事等を書き込み、療法士さんに読んでいただき、逆に、療法士さんが記入してくれるメモを読むのを心待ちにしながら、今日も、リハビリや自宅での自主トレに懸命に頑張っております。

演じると言うこと

日曜日, 10月 9th, 2016

私は、テレビドラマを良く見ます。特に、刑事ドラマは好んで見るほうです。先日、刑事ドラマでは有りませんが、「観光バスのガイドを主役にしたシリーズものの二時間ドラマ」を見ていた時の事です。このドラマは、バスの行く先々で、必ず、事件が起きて、主役のガイドさんが、色々失敗を重ねながらも、最後には、犯人を特定する、と言う、コミカルなドラマです。何時もの様に、ドラマの初めに、その観光バスのツアー客の紹介を兼ねて、ガイドさんが点呼をとる場面が有ります。その客の中に、スーツ姿の男性が映し出された時の事です。思わず私は目を見張りました。その人は、刑事ドラマの「相棒」シリーズに、毎回出てくる「警視庁捜査一課のベテラン刑事役」をやって居る俳優さんだったのです。これを見た途端、私は「このドラマの中で、殺人事件が起きて、この人が活躍するんだ」と想像しながら、テレビの画面を見ておりました。ドラマが始まって、40分位経った頃です。件の刑事役の俳優さんが、全く想像もしなかった、トンデモナイ動作を見せ始めたのです。ツアー客の中の、若くて可愛い顔をした男の人に近づいて、その手を握りしめて、ウットリとした表情で男の人の顔を見つめながら、何か小声で囁いて居たのです。これを見た瞬間、私は「ええっつ・?嘘だろう、あの人があんな事をして・・・」と。所謂「そっちの気の有る男性役」を演じていたのです。途端に、それ以上、このドラマを見る気がしなくなって、テレビのスイッチをOFFにしました。相棒の中で、警視庁捜査一課のベテラン刑事役を長年やってる人が、選りも選って、こんな役をやるなんて、と、正に信じられない気持ちでした。ドラマの結末が如何なったかは、知る由もありませんが、何か、見てはいけないものを見た時の様な、後味の悪い気が残ったのです。でも、ドラマが、コミカルな内容の筈ですので、あの刑事さんも、きっと、見てる人が「クスッと」吹き出したくなるような役柄で終わってくれたんだろうな、と、想像しているこの頃です。ただ、今後、相棒を見た時、あの刑事さんが出てきたら、私は、どんな顔で見たら良いのかな、と、一人考えたりしております。片や、警視庁捜査一課のベテラン刑事、片や、若くて可愛い男の子を追っかける、その気の有る男性、の「硬・軟」両極端な男性を演じ分けているあの俳優さんも、ドラマの監督さんあたりに言われて、渋々引き受けたんだろうか、それとも、将来の勉強の為に経験して置こうか、と考えて演じて居られたのか、等と、想像しながら過ごしております。テレビドラマとは言え、極端に偏った役柄を演じ分けていた俳優さんを見て、ふと、感じた事を書いてみました。

「驚いた」こと

木曜日, 9月 15th, 2016

先日、iphone6でニュースを見ようとして、ニューのアプリをタップしたところ、一番上の画面に、歌手の北島三郎の上半身の写真が出ており「北島三郎公演を延期」と言う文字が見えました。興味が沸いたので、その個所をタップして記事を読んだところ、「北島三郎(79)さんが「頚椎症性脊髄症の病気」で、予定されていた公演を中止して、来年の二月に延期します」と言う内容の記事でした。記事を読み終わったと同時に、私は、二つの事で、大変驚いたのです。一つは、北島さんの年齢が(79)と記されて居た事です。私は、若い頃から歌謡曲が大好きで、中でも演歌が大好きでした。田舎育ちの私は、音楽と言えば、演歌の事だ、ぐらいに思っていたのです。北島さんがデビューされてから今日まで、色々なテレビ番組で、北島さんの姿を視聴してきました。その結果、私の中には、「北島三郎さんは、私より五年か十年位若い人なんだ」と言う固定観念が出来上がってしまい、今日の今日まで、そう思っていたのです。それが、iphone6で視聴したニュースの記事で、私より、一つ年上だという事が分かったのです。勿論、公のニュース記事ですので、間違いという事はないと思います。ただ、私が、一人で、思い込んでいた訳です。北島さんの、あの、まあるい、人懐っこい顔、と、誰にでも親しく接して居られるであろう物腰を見て、私が、勝手に、思い込んで居た訳です。もう一つ驚いたことは、北島さんが、これから療養される病名が、私が、今年の1月20日に手術して、5月一杯まで病院生活を強いられ、6月以降も、リハビリに通っている病名「頚椎症性脊髄症」と言う病気だったからです。私の場合は、夜寝る時の姿勢が、長年に渡って、悪い姿勢を続けたからです、と、担当の医師に言われたことが有ります。そこへ行くと、北島さんの歌う姿勢等からは、頚椎に悪い影響を与える姿勢等とは到底思えない、立派な姿勢で歌っておられますのに、何故、あんな人が・・・?と、信じられない気持ちで、驚いたのです。と、同時に、あんな有名な人でも、私なんかと同じ病気にかかることが有るんだ、と思い、急に、北島さんの事が、身近な人に思えるようになって居ました。これから北島さんは、手術、リハビリと、長い療養生活が続きます。手術は、全身麻酔で、何も解らないうちに終わってしまいますので、気も使いませんが、それ以後のリハビリ期間が、結構長期に及ぶ事が有ると、聞いております。どうか元気を出してリハビリに励み、又、我等のサブちゃんとして、かっこいい姿を見せて下さることを、心からお祈りしております。

インタビューのこと

月曜日, 8月 15th, 2016

先日、リオ五輪中継の「女子柔道」(階級は不詳)を見ていた時の事です。オリンピック初出場の選手が、確か、三位決定戦だったと思いますが、試合に負けて、両手で顔を覆って、泣きながら引き上げて来たのです。すると、待ち構えていた何処かのテレビ局?のインタビュー担当の女性が、「今日の調子、如何でしたか?」と、問いかけたのですが、件の選手は、泣きじゃくりながら、何も答えませんでした。いや、答えたけど、声がマイクに届かなかったのかも知れません。すると、その女性は、続けざまに、二つか三つの質問を発して問いかけたのですが、やはり、選手の方は泣きじゃくったままで、まともな返事は返ってきませんでした。最後に、女性は、もう一度念を押すように「今の気持ちをどうぞ」と、言ってマイクを選手に突き出しましたが、返事は返ってきませんでした。これを見ていて、私は、内心で、(何と馬鹿な質問をするんだ、試合に負けて、メダルに手が届かなかった事が悔しくて泣いているんだろう、応援してくれた人達に済まない事をした、と言う、悔しい気持ちで泣いているんだろう、今の気持ちは、悔しいの一言に決まっている)と、思い、(見ていて解らないのか?)と、腹立たしい気持ちに駆り立てられたのです。インタビューする女性も、どこかのテレビ局?で、選ばれて派遣されてきた人だと思うのですが、その余にもの無神経さに、憤りを覚えたのです。インタビューする時の質問者側の人は、その場所、時間帯、相手の置かれた立場、等考えて、声の調子や、抑揚、言葉選び、問い掛けの内容、等、考えながらインタビューをするのが常識でしょう。それなのに、試合に負けて、悔し涙にくれている選手に向かって、あたかも、宵祭りの男衆にでもインタビューするような、大きくて、陽気な響きの有る声で問いかける等、インタビューのイロハを勉強し直してきなさい、と、言ってやりたい様な腹立たしさを覚えたのです。厳粛な場所、結婚式場、イベント会場、葬儀場、対話式のインタビュー、等々、数え上げればきりが無いほど、沢山のインタビューの機会は有る筈です。が、大事な事は、どんな場合でも、インタビューを受ける側の人の立場になって、インタビューをするのが、インタビューをする側の基本では無いかと、感じた次第です。リオ五輪の中継画面を見ながら、ふと感じた事を、書いてみました。

「12センチ」のこと

土曜日, 11月 21st, 2015

過日、テレビを見ていて面白い画面に出っくわしました。ホースから水を出して、その水を壁に見立てたパネルに当てて、ホースの出口をパネルからどの距離までパネルに近づけたら「パネルに当たった水が飛沫になって飛び散ることがなくなるか」と言うような内容だったと思います。放送を視聴しているうちに、それは、外国の二人の博士が研究していることらしく、その二人の博士は、そのリミットの距離を「12センチメートル」と結論付けられたそうです。画面では係の人が、ホースの出口をパネルに近づけたり、離したりしながら実験を繰り返し、やはり、二人の博士の説である12センチを超えて距離が長くなると飛沫が飛び始め、12センチを切って距離が短くなると、飛沫が飛び散らないことを確認していたのです。そして、二人の博士の目的が「男性がトイレでオシッコをする時の便器の壁と蛇口?との距離が12センチを境にして飛沫が飛び散るか飛び散らないかを研究していたらしい」と言う内容だった様に記憶しております。私は自分で実験した訳では無いので何とも言えませんが、とっさに感じたのは「世の中には色々な事を考えたり研究している人が沢山居るんだなあ」いう事でした。日本国内の便器(大きい方)が今や、その殆どが「便座式に取り換えられた」と言う現実を思う時、男性のオシッコ用の便器も、今の様な馬鹿でかい 便器ではなく「飛沫が飛び散らない12センチを考慮したスマートな便器が造られるのではないだろうか」、と、いう事でした。トイレの衛生面からも、経費削減の面からも、近い将来に、ぜひそうなって欲しいものだ、と一人感じ入った偉大です。

パソコンのこと

火曜日, 11月 10th, 2015

十数年前から使っていたパソコン(デスクトップタイプ)が10月の27日からノートパソコンに代わりました。何れも息子が設定してくれたものです。ノートパソコンは使い始めてまだ10日足らずですが、或る事に気付いたんです。それは、今までのパソコン(デスクトップ)を操作しようとして、パソコンラックの前の椅子に座ると、一種の緊張感のような張りつめたような雰囲気が漂っていたのです。若いころ試験勉強をする為に机の前に座った時の様な雰囲気です。電源スイッチを押してトップページが出るまでいろいろ画面が変わりながら進んでいって、柔らかい起動音と一緒にトップページが現れます。それが、ノートパソコンに代わってからその緊張感の様なものが全く感じる暇もなく、スイッチを押した後に、瞬時にトップページが現れるのです。画面サイズが小さくなったせいもあると思いますが、とても、取っつき易い感じなのです。何か調べたい事があった時等、気軽に立ち上げる事が出来るんです。緊張感の様なものは一切感じません。私は、以前から、「ノートパソコンはデスクトップ型パソコンの補助的な役割をするものだ」と思っていたので、あまり興味も持って居りませんでした。が、今回息子に進められて、初めてノートパソコンを操作するようになり、ノートパソコンに対する認識が一変したように思います。息子の説明では、このノートパソコンは「軍事用にも使えるように」と、頑丈に作られているんだそうです。そう言われると、小さいボデーに似ず、どっしりとした重みがあり、手に持った時や、キーボードに触れた時、折りたたみの画面を持ち上げて開く時等、「俺は強いんだぞ、頑丈なんだぞ」って言っているような気がします。ちょうど「車のSUV車に乗っている時の様な感じ」で「頼もしい奴だな」と言ってやりたいような気になります。これから何年か使っていくことになるわけですが、何だか「頼もしい相棒が出来た」様で楽しくなってきました。一日も早く機械に慣れて楽しい毎日を送っていこうと思っております。

SANYO DIGITAL CAMERA

SANYO DIGITAL CAMERA

扇風機のこと

木曜日, 9月 24th, 2015

夏の初めに、物置から「扇風機を収納していた箱」を取り出して、中の扇風機を取り出し組み立てを始めました。毎年やっている事なので特に難しい事でもなく、手順通りに組み立てを終り、セットした台座の上に扇風機を載せようとして持ち上げた瞬間、手が滑って、扇風機が畳の上に落ちてしまい、ファンを保護する金網のロックが外れ、ファンがむき出しになって落下したのです。あっという間も無く、四枚有ったファンが三枚になり、使えなくなってしまいました。仕方なく、残骸を集めて元の箱に収納し、翌日近くの家電量販店へ出向き、手ごろな値段の扇風機をを買ってきました。収納箱を開けて中の扇風機をを取り出し、コードをつないでスイッチを入れました。心地よい風が体を包み、これでヨシ、と安心した途端、或る事に気が付いたのです。慌てて買って来たので店の中では気が付かないまま、値段だけを見て買って来たのです。扇風機の置いてある場所から離れた所の椅子に腰を下ろし、扇風機の首降り角度を調整しようと考えた時に、気が付いたのです。「リモコンスイッチ」が無い事を。そう言えば今まで使っていた扇風機は「フルリモコン」で、離れた位置から電源のオフ・オンは勿論、風量の調節や風向き、首降り角度や高低差の調節がすべてスイッチ一つで操作が出来たのです。ところが、買って来た扇風機はリモコン設備が無いもので、いちいち扇風機のそばまで行って、手で操作しなければならないのです。その煩わしさと言ったら、言葉にならないくらいめんどくさい訳です。逆に言えば、今までは其れだけ楽をしていたという事になります。扇風機に限らず、家の中には、リモコンスイッチで操作できるものがいろいろ有ります。テレビをはじめ冷暖房用のエアコン、ベッドに寝たまま操作できる寝室の蛍光灯等。これ等をリモコンスイッチ無しで手動で操作しよとすれば、思っただけでも大変な動作が必要です。時代が進み、利便性を追求した製品が身の回りに溢れ、その分、人は体を動かさなくなっているんだと、つくづく感じさせられた夏でした。気が付いたのを契機として、せいぜい、運動不足にならないように、努めて体を動かして生活していこう、と、密かに感じ入った今年の夏でした。

「猫の駅長」のこと

日曜日, 7月 26th, 2015

先日、通り掛りのコンビニに入って、買い物を済ませて外に出ようとした時、ふと、窓際に陳列されていた沢山の本が目に留まりました。週刊誌や月刊誌や漫画等、溢れんばかりの種類の本が並べて有り、その中に、「大往生の猫の駅長」と言う様な文字と一緒に、二か月位前に死亡が報道されていた「猫の駅長」の写真が載っていました。「電車の駅の駅長の帽子をかぶり、首にはこれまた駅長を表すと思われるメダルをぶら下げた」おなじみの三毛猫の写真でした。私はこの「大往生」と言う文字が妙に気になったのです。普通「大往生」と言えば、今ならば、人間の場、合少なくとも百歳は越えて元気なままで亡くなった人の事を表す言葉ではないかと思うのです。さて、この三毛猫、人間で言えば何歳くらいだったのか、当時のニュースや新聞報道を見ていなかったので詳しい事も知りません。ですから、この猫が、駅長をやったのが「何時からいつまで」で、人間で言えば00歳位に当たる、という事も知らないままでいたところに、この文字を見た訳です。考えてみれば、「人懐っこい猫」だったとは言え、ある日から、突然、人間の都合で、勝手に帽子を被せられ、はおりたくもないもないチョッキ様の衣服まで着せられて、人通りの多い、駅の改札口近くの台の上に座らされ、一日中人目にさらされ、時には「写真のモデルにさせられたり」と大忙しの毎日を送っていたのではないか、と思えたのです。人間に限らず、生き物は、自分の意に反していろいろやらされることは、ストレスの元になるのではないかと思われ、この駅長さんも、或る意味で、大変なストレスを背負込んで居たのでは、と思えたからです。そう言う意味で、この駅長さんは、ストレスの真っただ中に身を置いて、数えきれないほどのストレスを背負込んで、「ストレス漬け」になったままその生涯を終えたのでは?と、ふと、思えたからです。大往生どころか、内臓や脳等を医学的に調べて見たら、いずれも、「ストレスによりかなりの損傷を受けていた事が分かった」なんて事になった等と想像を巡らせて居たのです。二代目の駅長も出来たようですが、猫に限らず、人間の都合で、勝手な理由を付けて、生物を拘束することは「拘束される側」にとっては大変な苦痛になっているのでは、と、「猫の駅長」の記事を読んで感じたままを書いてみました。

花見のこと

金曜日, 4月 3rd, 2015

今年も花見の季節がやって来ました。私も四月初めの月曜日に仲間達と一緒に近くの小牧山へ行ってきました。小寒い日が続いていましたが、この日だけは見違えるような好天に恵まれて、うららかな春の日差しを浴びて、ゆったりとした時間を過ごすことが出来ました。SANYO DIGITAL CAMERA仲間はいずれも「詩吟の愛好家」ばかりです。芝生の上にマットを広げて車座に座ると誰からともなく声が出て、続けて一時間弱教本を見ながら発声を繰り返しました。近くのお店で買ってきたお弁当も「花見弁当」と名付けられ雰囲気を盛り上げてくれました。SANYO DIGITAL CAMERA毎年来ては眺めている桜の花ですが、その年その時に新しい新鮮な雰囲気が漂っているのが不思議なくらいです。私も「高齢者の仲間に入り」足元が少々不安定になって来ましたが、この花見だけは欠かさず続けたいと思って居ります。せめて後四五年は元気で暮らし、「ハヤブサ2号」の帰還を確かめてみたいとひそかに決心しているところです。

「ひな祭り」のこと

日曜日, 3月 15th, 2015

毎年3月が近づくと商店街等の売り場には「明かりを点けましょぼんぼりに・・・」の懐かしいメロディーが流れます。そして店内には、これでもか、これでもか、色取り取りのおひな様のお飾りが飾られます。小さな女の子をお持ちのお母さま方は、見るもの全てに目移りして、どれにしようか、これにしようかと、迷われることでしょう。私はこの「ひな祭りの3月」に、懐かしくも切ない思い出が有って忘れる事が有りません。それは、今から70年以上前、終戦の1乃至2年位前の3月でした。当時私は、「国民学校1年か2年生(現在の小学校1年か2年生)」の頃でした。日本中が戦争一色で、「米軍機による本土空襲の噂」が、人伝に聞かれ始めた頃だったと思います。学校のクラスの中に、とても人気のある女の子がいて、何かの時にその女の子の家に、外の友達と一緒に遊びに行った事が有りました。大きな門構えのある家で、今風に言えば「大豪邸」だったと思います。中に通されて客間の様な部屋に入り、更に、その女の子の部屋「個室」に通された時です。目の前に、お人形さんが沢山並んだ大きな飾り棚が見えてきました。私が「節句のひな祭りのおひな様の雛壇を見た瞬間」でした。何段有ったのか覚えていませんでしたが、とにかくその時の雛壇は、私の視界一杯に広がって飛び込んで来たのです。私にとっては、大変な衝撃的な出来事だったのです。家へ帰ってから夕飯の時だったと思いますが、その時の事を話したところ、母が、「あの家は武芸者さん{お金持ちの意)だから」と言う様な意味の事を言って、そのあとは、家族の誰もその事を話題にしませんでした。私は当時、その意味も分からず、「うちにもあれ飾ってよ」と、かなりしつっこくおねだりして、最後には、母に「大声で叱りつけられた」記憶が有りました。此の時、母は「ひな祭りは女の子のお祭りなんです、男の子のお飾りでは有りません」と、言う様な意味の事は一言も言わなかったのを覚えています。若し、此の時、母が、「3月のひな祭りは女の子のお飾りで、男の子のお飾りは5月の鯉のぼりです」と言う様な事でも言って、諭して呉れたなら、或はそんなにしつっこく「おひな様を飾ってくれ」と、駄駄を捏ねたりはしなかったと思うのですが・・・。今その時の母の気持ちを考えてみる時、思い当たる事が有りました。それは、私は次男坊で、私の上に2歳年上の兄がいて、その更に5つ上に、長女の姉さんが居たのです。私の7つ上のお姉さんです。その当時姉は、今で言うところの中学上級生位だったと思います」。その姉のいる前で、私がしつっこく「ひな飾りをしてくれ」と駄駄を捏ねたりしたので、母は、姉に気を使って「ひな祭りは女の子のお飾りです」という事を明言しなかったのではないのか、と思ったのです。それより以前に、私の家で、ひな祭りのひな飾りが出された記憶が有った様な気もしますがはっきりした記憶が有りません。敗戦の1年か2年位前の事で、日本が貧乏になり始めた頃の事です。私の「駄駄」が母の一番つらい部分を刺激したのではないかと、いまとなっては、切なく思い出されるお雛飾りの風景です。その母も、姉も、兄も、そして父も、この世を旅立ってしまいました。毎年繰り返される「ひな祭り」の行事に、遠い昔の切ない思い出を抱いて「生を盗みながら生き永らえている」老人の思い出の一コマでした。

落花生のこと

日曜日, 11月 16th, 2014

今年のはじめ頃から「ビタミンB1を多く含んでいる食べ物」の一つとして「豚肉製品」等と一緒に「殻つき落花生」を食べ始めました。それまではビタミンの事等、お構いなしにビールのつまみなどで「ピーナツ」「バタピー」等を食べていたのですが、ある事情から「ビタミンB1」に興味を持つようになり「殻つきの落花生」を食べるようになったのです。初めの頃は、殻を剥く動作が面戸臭くて、辞めようかと思ったりした時もありましたが、せっかく色々調べて始めた事を、と、思い起こして続けてきました。SANYO DIGITAL CAMERA食べている内に「バタピー」などには無い楽しさが味わえることに気が付きました。固い殻を指で強く挟んで割り、中の実を取り出す時の面白さや、あの小さな瓢箪の様な格好をした殻を割った時に、瞬間鼻先を掠めるほのかな香りや、口に含んで噛み砕く時の歯ごたえ等が段々好きになり、今では、殆ど毎日の様に食べて居ります。食べている内に、面白い事にも気付きました。実を覆っている殻を割って食べる訳ですから、割れた殻が目の前に沢山溜まって来ます。食べている内に、割れた殻の中から飛び出した実が、目の前に広がっている殻の山の中に落ちて見えなくなる事が有ります。そうなると、食べるのを忘れて、殻の山を弄って、落ちている筈の実を探すのです。直ぐに見つかる時も有れば可なり時間を要する時も有ります。が、時間が掛かって見付けてた時の嬉しさは、大変なものです。何か、大変な得をした様な、宝籤にでも当たったかのような嬉しさが込み上げて来るのです。それに、もう一つ楽しみがあります。それは、幾つか食べている内に、瓢箪の様な形ですから、殻の中に入って居る実はほとんどの場合「二つ」しか入って居ませんが、稀に、本当に稀に、割った殻の中から「実が三つ」飛び出してくる時があるのです。そんな時などは「今日はきっと良い事が有るぞ」等と思えて一日中が楽しくなったりします。野原で四つ葉のクローバーを見つけた時のような興奮した気持ちになれるのです。こんな気持ちは、初めから「実」だけを味付けした「バタピー」などでは到底味わえないひそかな楽しみです。前回買ってきた落花生の残りが少なくなってきました。又、スーパーで買って来ようと思って居ります。殻を割って食べると言う手間暇を惜しまないで、一度やって見られたら如何でしょう・・・。

「コンビニ開店」のこと

金曜日, 8月 29th, 2014

何と何と!!私の趣味の会のお友達が「コンビニを開店」したんです。店舗名は「ローソン犬山入鹿池店」です。聞く処に寄ると、以前からコンビニ店を経営して居たんだそうです。が、そこは、道路の交差点四つ角に夫々コンビニ店舗が四店舗開店してしまって、利益がSANYO DIGITAL CAMERA揚がらなくなったんだそうです。仲間から聞いて居た開店日「8月21日(金)」に、こっそりと行って来ました。日用品で丁度買いたい物が有ったので、どうせ出かけるなら縁起の良い処へ行って見ようと考えたのです。仲間に聞いておいた道順を辿って、約1時間ちょっとでお店につきました。犬山市内の県道178号線(明治村小牧線)の野口と言う交差点を右折して県道453号線に入り、道なりに進んで「池野」と言う信号交差点の角がその場所です。私が着いたのが昼少し過ぎた頃で、店舗の前には沢山の花輪が並び、店舗入り口には「新規オープンを示す横幕」が貼られ、大勢の人SANYO DIGITAL CAMERA達が出入りして居りました。お店に着いて一番驚いたのは「駐車場の広さ」でした。大型トラックでも10台近くの車両が駐車できるほどでした。店内に入って目当ての品を探し始めた時、突然後ろから声を掛けられ、振り向いたところ、目の前に「お店の制服を着た「IMさん」のにこやかな姿が目に留まりました。趣味の会で見かける姿とは全く違った(もう一人の「IMさん」の姿)でした。奥から出て来られたご婦人を「家内です」と紹介して頂き、奥様にもお会いする事が出来たのです。駐車場に停めた車の中で、今買ったばかりのお弁当を食べながらゆっくりした時間を過ごしました。その後、仲間から言付かった言葉を「IMさん」に伝えて帰路に着きました。出発前の天気予報で「愛知県の山沿いでは午後から雷雨になる」と言って居たのを思い出し、我ながら良い時間帯に来れたなと思いながら、カーナビの案内する道順をゆっくりと帰って来ました。唯、帰りの車の中でふと「あんな民家の少ない所で夜など怖くないんだろうか」と思ったりしましたが、お店でお会いした「IMさんご夫婦」の睦まじい姿を思い出して、「IMさん」のあの体格ならば怖い物なんかないのでは、と、一人で納得し、お店の発展と皆さまの今後のご無事を祈りながら帰って来ました。ちなみにお店の住所は「犬山市字内屋敷169番地」:TEL0568-68-0185だそうです。

「使用期限切れ牛肉」のこと

火曜日, 8月 12th, 2014

つい10日ほど前あたりまでは、連日、これでもか、これでもかと、国内のメディアが挙って報道して居たのに、お隣の、当事者である「或る国の或る責任者」が「調査した結果日本向けの牛SANYO DIGITAL CAMERA

肉には使用期限の切れた肉を販売した形跡は認められなかった」と、言う様な内容の経過を発表したとたん、手のひらを返したように、肉の事に関して報道しているメディアは、私の知る限りでは見当たらなくなった。この「或る国」では、過去にも似たような事案が発覚して大騒ぎした後、この時は、個人がやった事だと判明したので調べを進めている、と言う様な発表が有って、その当事者らしい人物(個人)が裁判にかけられているらしい様な事まで報道されていたが、今回は、この件が発覚した直後から「会社ぐるみの事案だ」と、はっきり発表して調査を進めているらしい。いずれにしても、他所の国の事であり、我々個人がその真実を具に知る事は出来ないのだ。したがって、我々は、発表された事を「ああそうですか」と、信じていくほかないのである。噂では有るが、この「お隣の或る国」では、以前から、企業と官僚との癒着が報じられており、そう言う事を考えながら、今回の発表を聞いても、直ちにそれを信用する事は、至難の業である。SANYO DIGITAL CAMERA報道によれば、今回の件は相当前から行われていたらしいから、この会社の関係者は、「以前に自分の国内であった事は、当然耳にしている」筈である。それなのに、又、似たような事を繰り返しやってきたわけである。加工肉の使用期限等と言う事は、当事者にしか解らない事で有り、当事者達が黙っていれば、何事もなく過ぎて行ってしまうのである。ここに、今回の事案の恐ろしさが潜んでいないか、と、一人危惧の念を抱くのある。加工工場の従業員らしい人物が、カメラに向かって、字幕では有ったが「少々匂っていて臭くても死にはしないから」と、平然と言ってのけたのには、唖然とさせられた事を覚えている。こんな肉を、何年も何年も、長期に亘って食べさせられて居たら、人口減少で将来が危ぶまれている我が国国民は、「火器等の武器」を使わなくても、何年か先には、簡単に「肉に含まれた有る種の害毒の所為で、地球上から消滅させられてしまうのではないだろうか」、等と、考えたくもなる。そんな事を国策として考えている国が、この地球上に、絶対に存在しないと言い切れるだろうか。生き馬の目を抜く様な混沌とした国際情勢の中で、「いざとなったらあの国が守ってくれる筈だ」等と言う幻想は、これからは抱かない方が良いのではないか。ボヤボヤして居たら、日本列島の島と言う島は、ある日突然に、他所の国に根こそぎ占領されて仕舞って居た、等と言う日は絶対に来ない、と、言いきれるだろうか。使用期限切れの加工肉の事で、色々と連想が広がっていってしまいました。「単なる連想」で終わってくれる事を心から祈りつつ・・・、

「鼻髭」のこと

水曜日, 7月 23rd, 2014

二か月位前の事ですが、夏物と冬物の衣類や寝具の入れ換えをやって居た時に、羽毛布団をケースに収納して、押入れの一番高い「袋戸棚」の中に仕舞いこむ為に、椅子を持ってきてその上に乗り、傍に置いて居た布団ケースを右手に持って、体を左回転させながら押入れの方へ顔を向けた時でした。鈍い音と共に、突然鼻の下の上顎に鋭い痛みを感じたのです。正に「目から火が出る」とはこの事でした。年が年ですので、「高い所に登った時に転んではいけない」と、その事ばかり気を付けて作業をやって居たのです。幸いに椅子から転び落ちる事は有りませんでしたが、「伏兵が居たのです」。振り向いた拍子に、袋戸棚の敷居の角に、思いっきり鼻の下の上顎をぶっつけてしまったのです。その痛さたるや、長い事穏やかに暮らしている老人にしては想像も出来ないほどの痛みでした。「鼻の下の上唇」が「敷居の固い木」と「口の中の固い前歯」とに挟まれて、押しつぶされる様な恰好でぶっつけてしまったのです。瞬間、私は、「前歯が折れたかな」と感じた位でした。が、歯は大丈夫でした。href=”http://blog.katashi.net/up/6a8456a7988f759173bcf44e1540ff61.jpg”>SANYO DIGITAL CAMERA

SANYO DIGITAL CAMERAしばらくその場に蹲って、強い痛みが通り過ぎるのを待ちました。時間と共に痛みは少しずつ消えていきましたが、今度は「ぶっつけた上唇」が急に膨らんできた様に思われたので、急いで洗面所へ行って鏡を見たところ、鼻の下の上唇に「内出血」のあとが出現してきたのです。指で触って見ると、上唇全体が腫れ上がって痛みが有り、それ以上さわれない様な状態でした。気がついて見ると「上唇が腫れ上がっては居るけど、直接触れない限り、痛みを感じない」事が解ったのです。丁度その頃は、外出する用事も無く人に見られる機会もない時でしたので、その日以後の髭そりは「鼻の下を」省いてやるようにしたのです。こうして十日位過ぎて、外出する用事が有って、そのままの格好で人前に出たのですが、特に鼻髭の事を話題にする人も有りませんでした。更に十日位して、趣味の会の仲間の所へ行った時、初めて「如何したの」と尋ねられました。事情を話して「腫れが無くなり、痛みが取れたら剃り落とす心算です」と応対して置きました。事実その心算で、腫れや痛みが無くなるのを待って居たのです。ぶっつけてから一ヶ月半位過ぎた頃でした。上唇の腫れも痛みも内出血の跡も無くなったので、「明日の朝剃り落とそう」と決心して、翌朝洗面所へ行き、髭剃りを持ってシェービングクリームを付けてやおら、伸びた鼻髭を剃り落とそうとした時です。それまで、私自身で全く予期しない事が起きたのです。鏡に映った鼻髭を見ている内に、「今これをそり落とすのは何だか可哀想だ」「折角此処まで伸びてきたのに」と言う様な「鼻髭に対する思いやりの気持??」が芽生えてきたのです。この事は全く予期して居ませんでした。丁度「自分で飼って居るペットを虐める様な心境が出現した」のです。「せっかく伸びているのに・・・可哀想だ・・・」って言う心境です。以来今日まで剃り落とさずに過ごしてきました。この鼻髭を見た人の中には「似合ってるよ」と、言ってくれる人、「変な感じ」等と言ってくれる人、色々ですが、私は、自分の気持ちの中で、
「剃り落そうとする時に、前記の様な後ろめたい気持ちが有るうちはこのままにして置こう」と思って居ります。今年「喜寿を迎える」わが身にとって、せめて、これ位の我儘は許されるのでは、と、ひそかに思いつつ・・・。

スクランブルのこと

木曜日, 7月 10th, 2014

先日テレビのニュースを見て居て気になった事が有ります。それは見出しにも書きました「スクランブル」の事です。ニュースでは「南方海上の我が国の支配区域」付近で他所の国の飛行機が「支配区域すれすれに飛行して居たので、警告する意味で我が国の自衛隊機が警戒するためにスクランブルをした、が、今度は北方海域で他所の国の飛行機が接近してきたのでスクランブルをした、その回数は三桁の数字に該当する回数だ」と言う様な内容のニュースでした。この二つの国は、地図上のヨーロッパからアジアにまたがる広大な領土を有する国で、政治的にも、経済的にも豊富な人口と地下資源を背景に、ここ数年来、世界的にその存在感を増してきた国であります。その両国が、我が国の北と南に有るチッポケナ島を、夫々自分の国の領土だと主張して、この様な行為に出ているのだと思われます。間に挟まれた日本は、今後一体どうなるんでしょうか。別の日のテレビニュースで、日本とは仲の良い国の「◎◎の政治家の中には、○○○大統領の外交姿勢を弱腰外交を批判する勢力が有って、○○○は●●●に舐められ、□□に土下座して居る、ウクライナの次に危ないのは日本だ」等と、まことしやかに公言して居る人達が居るらしい」と言う様な内容だった様に記憶して居ります。スクランブルの件と◎◎の政治家の話を繋ぎ合せて考える時、日本は本当にこのままでいいのだろうかと考えさせられてしまいます。周りを海に囲まれて、陸続きの国同士の様な国境線を有して居ない我が国は、長い間、◎◎の核の傘に守られて、どちらかと言えば「経済発展に主眼を置いた方法で今日まで頑張ってきた」様に思います。最近の日本を取り巻く様々な情勢を考えて、もうそろそろ我が国も「自分の国は自分で守る」と言う、ごく当たり前の国家としての意思を内外に主張して行くべき時ではないかと考えるのです。テレビで自衛隊機のスクランブルのニュース見て、ふと考えた事を書いてみました。

「クマ・ダル・マー」のこと

土曜日, 5月 10th, 2014

投球フォーム3人野球シーズンが始まってから、テレビのBS1chでは、毎日のようにアメリカ大リーグ(MLB)の生中継が放送されます。時差の関係で深夜、早朝の放送が多い様です。去年はテキサスレンジャーズの上原投手の活躍が国中の注目を浴びました。ワールドシリーズで優勝投手になって、同僚に担ぎ挙げられながら、天に人差し指を突き上げて歓喜に浸る上原投手の姿が今も脳裏に焼き付いています。さて、今年は、眼の玉の飛び出る様な高額契約金で渡米した「マー君こと田中将大投手」、昨シーズンから三振の数を積み上げて地元ファンを熱狂させている「ダルことダルビッシュ・有投手」、人差し指のけがで出遅れたものの、きっちり調整して復帰してきた「クマこと岩熊投手」の三人が特に大きく取り上げられています。今日等は、マー君とダルの試合が時間が重なったみたいで、放送する側ででも大変だった様です。見る方も大変でした。幸いに二人とも勝利投手になったし、クマ投手も昨日の試合で八回まで一失点の好投を見せて復帰後二勝を挙げて勝利投手になりました。特に、今日のダル投手に至っては、九回二死まで〇封で来て、あと一人で「ノーヒット・ノーラン試合」を達成するところで、髭もじゃの大男・オルティーズにライト前にゴロを打たれて記録達成はなりませんでした。私は、クマ・ダル・マー三投手の夫々の個性がとても好きです。クマ投手は「投球フォームが流麗でカッコよく」、ダル投手は「見てる人に(何かやってくれるぞ)と思わせる雰囲気が有り」、マー投手は「一見向う見ずで荒っぽく見えるものの、実は自分の中で緻密に計算しながら投げて居る」、と思える点です。そこへ行くと、日本のプロ野球の迫力の無さにはがっかりします。「良い」と言われるピッチャーが登板すると、相手チームの打者は「打てなくて当たり前だ、点が取れなくて当たり前だ」と割り切って、何等工夫する姿勢も見せず(私にはその様に見えます)試合が終わるまで無気力に見える凡退を繰り返し、当たっていると言われる打者が出て来ると、相手チームのピッチャーは「打たれて当たり前、三振なんか取れっこない」と諦めて、これまた何等工夫して居る姿勢も感じられない(私にはその様に見えます)、と、言った様な試合が多い様に思われる。一口に言って「個性の有る選手が居なくなった、見せるプレーをする選手が居なくなった」せいだと思われるのです。プロの選手ですから、フィールドの中では「打つ方も、守る方も、投げる方も、走る方も、捕る方も、全て観客の目を意識してプレーして欲しい」という考えは極端かしら?プロ野球ファンの減少が叫ばれている今日、我が国のプロ野球界でも「もっと観客受けするヒーローを育てる方法を考えたら如何なんだろう。「全てを平等に」と言う戦後教育の継続が、プロ野球に限らず、すべてのスポーツ界に「平均した選手を育てる、個性の強い選手を排除する」様な雰囲気が充満しているのでは、と思うのです。クマ・ダル・マー三君の活躍を見て居て、「日米野球の面白さの違い」を痛感したひと時でした。日本球界にも「オルティーズやフィルダーの様な」(ダイエットなんて何処の話?俺の髭如何だ?!)と言わんばかりに、個性をむき出した(私にはその様に見えます)選手が育たないものでしょうか。日本の時代劇に出て来る「悪役の首領」の様な風貌を漂わせながら、それで居て、何処と無くユーモラスな雰囲気を持ってる選手って居ないものですかね~。

プロ野球のピッチャーの「持ち球」のこと

水曜日, 4月 23rd, 2014

プロ野球が開幕して色々な話題が私達を楽しませてくれます。大きな話題は、アメリカのMLBに移籍SANYO DIGITAL CAMERAして向こうのチームの選手になって活躍している日本人選手の話題でしょう。第二次世界大戦で、命をかけて国と国とが争って居た時を思い起こす時、眼の玉の飛び出す様な、想像もできない様な多額の契約金で自由にアメリカへ移籍して活躍できる今の時代は、正に隔世の感が有ります。私達が小さい頃、学校の休み時間に、運動場で、ぶわぶわした柔らかいボールで野球をやっていたのを思い出します。その頃のピッチャーの投げる球は「直球」か「カーブ」位しか名前を知りませんでした。それが最近では「ストレート」「カーブ」は勿論「ドロップ」「スライダー」「シンカー」「ツーシーム」「スリーシーム」「フォーク」等等、色々に変化するボールを駆使する時代になって来ました。小さい頃、漫画を読んで覚えた「空想の世界の変化球」が、現実のものになろうとしているのです。そうそう「スピリットフィンガーボール」なんて名前の変化球も有ったように思いますが。これ等の変化球を覚えなければならない今のピッチャーは大変でしょうね。また、こう言う変化球を操るピッチャーと対峙するバッターもこれまた大変です。真っ直ぐ飛んでくるSANYO DIGITAL CAMERAと思っていたボールが、打者の近くへ来て急に変化してしまううのです。理屈から考えても「空振り」するのが当たり前なのですが、それをカバーしてどんどん打率を稼いでいるバッターも居る様です。渡米した「マー君こと田中将大投手」が、完投こそ逃したものの、大リーグきっての強打者が揃ったレッドソックス相手に「ソロホームラン2本」で押さえて勝ち投手になった試合をテレビで見て居て「度胸の有る素晴らしい人」だと感心しました。これからも、色々な特徴を持った素晴らしい選手がでてくると思います。5年後、10年後、どんな持ち球を持ったピッチャーが出て来るでしょうか。アニメの世界で話題になった「大リーグボール」等と言う「打者のそばへ来て突然見えなくなるボール」を持ち球とした投手が現れるかも知れません。その日が来る事を心待ちにして・・・。